サイクルモード大阪に行って来ました♪

新商品の勉強のためにインテックス大阪を会場に11月12日、13日の二日間開催されたサイクルモード大阪の最終日にヨメと行って来ました。

会場には10時15分頃着いたのですが10時オープンのはずの一般ゲートにはまだ長蛇の列が延々と続いている状態で、あらためて昨今の自転車ブームを確信させていただきました。

僕たちはと言うとメーカーさんから頂いた関係者チケットのお陰で専用ゲートよりすんなり入場させていただきました、…なんか…スンマセンっていう感じでしたm(__)m

こんなときは自転車屋でよかったなーって思いますね、やっぱり(笑)

今回のもうひとつの目的に、いつもは電話でしか話しをしたことがない、お取引先の各メーカーの担当者さんと直にお会いして挨拶をする事でした。

お会いした方全員、さすがに皆さんこの業界にどっぷりハマってる(いい意味でデス)自転車大好きなイイ感じの方ばかりでした!

これからは電話をしても顔がわかるので、より話しやすくなれそうです♪(^o^)v
広島を出る時にある方への手土産に「もみじまんじゅう」を買って行きました。

それはもうひとつの目的であるアラヤ工業の開発課、N藤さんに久々にお会いする事でした。

N籘さんとは1992アラヤMTRマルチトレール零…(BBハイト0mmの意味で命名、こんな頃からアラヤではコンセプトを明確にトライアルバイクを作っていました、しかも.アラヤオリジナルCNCジュラルミンリングガードに前後ブレーキもマグラHSレースラインが標準装備のヤル気ムンムンのバイクでした!)
…その頃からのお付き合いで、その頃よりフィールドテスターとして開発に参加させていただく事になりました。

当時僕はBJUマスタークラスだったのでプロトモデルを全日本で走らす事が出来、実戦からの改良点や意見を出してはそれをN籘さんが取り入れて、プロトタイプMTRにフィードバックして頂き、更にテストライド&実戦を重ねて翌年の市販車へ継承していったのです。
が、しかし市販車と言うことでサドルとフロントディレィラーが付くデザイン&それに応じるスケルトンと言う設計条件にトライアル競技車両としての限界を感じはじめてもいました。

そんな2002年頃にラインアップの削減によりトライアル向けMTRが一旦生産を打ち切る事が決定しました。
幸か不幸かフリーになった僕はその頃から台頭してきた外車の26インチバイクに乗る機会も増え、中でもMEGAMO 26TRIAL PROとECHO ESー4Rのトライアルバイク専用車としての戦闘力の高さには素直に影響を受けました。

そのうちアラヤのトライアル車の再販の話しを頂いたのですが前モデルのMTRの焼き直し的な話しだったので、「それでは一旦止めた意味がない!どうせやるなら国内メーカーのアラヤならではの日本人の体格にあったトライアル専用車を作らないと絶対売れません!あと完成車にする必要も無し!ユーザーに使いたいパーツをアッセンブルさせてあげる為にフレームセットにした方が良いです!」…と主張させていただきました。

この僕の意見に対して当初開発課の中でもトライアルしかできないフレームセットが果たして売れるのか?と疑問視もされていましたがなんとかN籘さんが後押しをしてくれ再度オファーを頂き一緒に市販に向けての開発をする事になりました。

そうして国内量産車初のバイクトライアル競技専用フレームセットの舞(MAI)が誕生したわけです。

その後ツーリングトライアルも出来る完成車トライアルモデル踊(YOHU)も続いて市販されました。

N籘さんは本当にバイクトライアルを理解して頂き、僕の全てのアイデアと情熱(照)を注ぎ込んだ舞と踊をまさに、二人三脚で設計、試作製造とテストライド、そして市販にたどり着くまでをご一緒させて頂いた方なのです。

まさにアラヤにN籘さんがいなかったら僕のやりたい放題(笑)にしてくれた「舞」と「踊」はこの世に生まれていませんでした。

約十年ぶりにお会いしたN籘さんの白髪頭に驚きと時の流れを感じつつ、お互い元気にこの世界(輪界)で頑張れている事を喜び合いました。

N籘さんから「また新しいトライアルモデルやりたいですね。」と言って頂き、「もうアイデアは貯まってますョ!」と返しておきました。
N籘さん、次のオファーお待ちしております♪(^-^)v
(写真は会場内であった安田大サーカスの団長のゲストトークと大阪と言えばたこ焼でしょ!の当日写真でした)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください